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2012年12月20日木曜日

20121220_人生で一番の不安と悲しみ_02

[前回からの続き]

皆様には、ご心配をおかけしていたにも関わらず、ご報告が遅くなったことをお詫び申し上げます。
引き続き、このカタチでのご報告をさせていただこうと思います。
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(前回記事)
20121204_人生で一番の不安と悲しみ
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それから、たくさんの激励メッセージを、本当に本当にありがとうございました。
みなさんがくれたメッセージの数々は『元気玉』のようでした。
元気玉が実在してくれたら…と本当に思いました。

久しぶりに連絡をくれた友、
祈ってくれた友、
お守りをくれた友、

またDMをくれた友、
電話をくれた友、
かたくなにそっと沈黙してくれた友、
その全ての友に感謝します。
(なかなか、全てに向き合えていなくて本当に申し訳ありません)


以下は、この数週間の間にあった経過についてのご報告です。

なかなか簡潔に書くことができないので、少し長くなってしまいますが、お話できる範囲でできるだけ全てを報告したいと思います。

私たちは息子が搬送された翌日に『望(のぞむ)』と命名しました。
それまで、幾度となく提案してきた名前の候補案を差し置いて、この名前に託しました。

診断された病名は、『重度新生児仮死』というものでした。

それは、NICU(新生児集中治療施設)に搬送された中でも、最も重度の症状でした。

意識不明で、目も開けられず、動くこともせず、自力での呼吸もできない。
心肺停止の状態から蘇生され、心臓だけが唯一望自身の力で動いている機能でした。
それでも、ドクターの話からは僅かな光を受け取ります。
・確かなことは検証の結果がでなければ分からないこと
・母乳が回復に役立つこと
・赤ちゃんは成人とは違って失われた細胞をカバーすること

望(のぞむ)の由来もここにあります。

僕らは特別に24時間の面会が許されました。
後日搬送入院した妻が、自分の回復がままならない中、わが子の面会をする姿は切実なものでした。
毎日、妻子に会いに、義父母と長女と病院へ向かう日が続きました。
次第に妻が回復を遂げます。
大きな施設のある病院へ、子が搬送された2日後に搬送された妻は、
その日から搾乳したのです。
まさしく母親の強さがそこにはありました。

胎盤早期剥離により、緊急手術をした妻も一命を取り留め、
数日前の青白い顔からは想像もつかないほどの超回復でしたが、それでも血液の濃度が半分しかありません…とか言われると、こちらが卒倒しそうでした。
糖や輸血などなど、合計すると20本弱の点滴を立て続けにしました。
足が象のように膨らんでいました。
そんな状態でも、母乳が赤ちゃんの回復に効果があると聞き、身体に鞭を打ちます。
本当に母の強さを感じました。
初めての長期の母の不在を乗り切った2歳の長女も本当によく頑張ってくれた。
そういう毎日が、一日一日過ぎていきました。
僕らにも、感情の波がありましたが、
予定された検査の結果が出るまでは、崩れない様に歯を食いしばることを強く決めたのでした。

子どもが搬送されてから、ちょうど2週間後の12日(水)、
MRIの結果を踏まえての総括をドクターから聞く日となりました。
緊張した足取りで病院へ向かいました。

ドクターは冒頭で、かなり辛い説明になる。
と話され、予想はしたものの、いざ話を前にすると、
私たち夫婦のショックは予想以上のものでした。

聞くまでは、『奇跡』を信じていました。

死を口にしたら、全てが崩れる気がしたからです。
毎日通うことも、数時間置きに妻が搾乳することも、こどもの着替えを新しいものに換えることも、身体に触れることも。

結果は、悲惨なものでした。
『回復の余地がない』
一切の希望が絶たれた瞬間でした。

予想はしていたんです。
しかし、現実になると、また辛く重いものでした。

話を聞いた後に、子どもに会うのですから。
そこに肉体が存在しているのをみると、抑えていた感情が溢れます。しかし何もできない。とても残酷なものです。

親としての僅かな期待は、なくなりました。
今は、ただ空虚な時間だけが流れていきます。

ドクターの話をきいたうえで、親として医療を閉じることができないものかを問いただしもしました。
しかし、倫理的な観点から病院は、動いている心臓を止めることはできず、越境行為であること、罪になることを聞かされました。

つまり、肉体が朽ちるのを待つしかないのです。徐々に命がなくなるのであれば認めるというのです。
現代の日本の医療の問題をそのまま突き詰められたかのようでした。
『尊厳死』と言われるものです。

一方で、ドナーとしての道についても、説明を受けます。

改めて、命がいったい何なのかを考えざるをえません。

やはり、医療という業界を越えられない語りがそこには存在していました。

問題は継続していきます。
肉体としての死を待たなければならない。
延命治療はしないが、安定はしなくてはならない。
肉体があるかぎり、医療を続けなければならない。
空虚な状態の中、見舞いにいかなければならない。(仮に行く必要がないとしても、僕らは行かないわけにいかない)

たくさんの矛盾がある中で、この医療行為が継続されて行きます。

今もかなりショックですが、継続していくことを考えるショックもかなりのものです。

このままでは、家族の身体が持たない。(特に母親が)とも、ドクターに相談しましたが、結果は全く変わらないものでした。

ドクター自身も、何もできない。きっとそういう事態なのだと思いました。

いつ来るか分からない『看取り』が来たときに、今回のひとつの終着があるのだろうと思っています。

僕たち吉田家が、元のような生活を取り戻すには、まだまだ時間がかかりそうです。

ですが、乗り越えられる未来を、今は信じています。

どうか、みなさん見守っていてください。
この一方的な報告で本当に失礼します。
そして、激励、本当に本当にありがとうございました。
くじけそうな心に活力の火が灯りました。

それから、会社のみんなには、
本当によくしてもらい、感謝の言葉しかありません。たくさん助けてもらいました。この場をかりて、お礼申し上げます。本当にありがとう。
普段、なかなかお礼が言えないのですが、
改めて友達や会社の仲間の存在に助けられているのだなと実感しています。

経過報告は以上となります。

***
なんというか、なかなかまとまりのない文章ですが、
この報告がただの報告で終わることなく、

知ってもらえることで、
同じような悲しみを事前に防ぐような知識になってもらえればいいなと思っています。

胎盤早期剥離は、妊婦には突然誰にでも起こりうる病です。
医師もなかなか事前に判断することが難しい病です。
現に妻も出産予定日を控えたひと月前まで、検診を続けてきておりましたが、
まったく問題がなく順調そのものでした。

お友達の中には、今まさにお腹に赤ちゃんがいる方がいると思います。
どうか、ぜひ注意してあげてほしいと思います。
みなさんの出産を無事にお祈りしています。

また報告させていただきます。

2012年12月5日水曜日

20121204_人生で一番の不安と悲しみ

タイトルにあるような事が、今起っています。
突然の報告で失礼いたします。

どういう方法で周囲の方々にご報告するのがよいのか、
すごく悩んだのですが、BlogやSNSを通してのご報告をはじめの一歩とさせていただくことにしました。

ぼくも妻も、今は、なかなか立ち直れるか分からない不安と悲しみの中にいます。
今後、みなさまと直接お話できる機会があるかも知れませんが、
その機会の前に、みなさまにご報告できれば、ダメージが最小限になるのではないかと判断したためです。

今後の僕たちの回復には、周りのみなさまの力が不可欠だと思っていますので、
今後ともよろしくお願いいたします。

また、この度は、私の急な不在により、たくさんのプロジェクトに多大なご迷惑をおかけし、
本当に申し訳ございませんでした。プロジェクトの関係者のみなさまには、ご理解をいただき、本当に助けていただきました。回復にはもう少し時間がかかりそうですが、もう少しだけご理解を賜れればと思っております。
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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先日、妻の実家へ帰郷していました。
里帰り出産のために長らく生活の拠点を実家に移している妻と娘に会うためです。

予定日を約ひと月後に控えたぼくらは、楽しいひとときを過ごしていました。
しかし、突然、妻の様子が急変しました。
実家の周りを散歩していた時です。

破水したまでは良かったのですが、出血を伴っていました。
すぐさま、実家へ戻り、妻は自ら、かかりつけの病院に電話をし、指示のもと急行しました。
僕が運転し、義母が付き添い、妻を乗せて車を走らせました。

長女を出産した時の記憶が蘇りました。
僕がいる時で良かったな。などと思いながら、
このままの様子だと明日には産まれてるだろうと心が踊っていました。

病院に着き、妻を先生に託すと、
仄かな緊張が少し溶けて、僕と義母は気持ちを高ぶらせながら、廊下で待っていました。

しばらくすると、先生が廊下へ出てきました。
その真剣な面持ちから、緊張が舞い戻ってきたのを憶えています。
『もしかしたら、子どもが危ないかもしれない』というのです。

『このままではお母さんが危なくなる』
『総合病院に搬送するかもしれない』
『搬送するのに時間が掛かり過ぎる』
『ここで手術して、子どもを取り出します』
先生は、妻の主治医を呼び出したり、総合病院への連絡を取り合いながら、
時間のない中で、説明をすると、すぐに手術室の中へ入っていきました。

この時の時間は、自分が生きている心地がしなかったし、
待っている時間が本当に長く感じました。

次に聞いた先生の言葉で、完全に血の気が引いたのを憶えています。
『なんとかお母さんの方は救えたはずですが』
といわれた後、
『お父さん、中へ入ってください』といわれました。

そこには、取り出された息子が、
真っ白な状態で心臓マッサージを受けていました。
1・2・3・4…というかけ声が反復していました。

泣き声もなく、身体も微動だにせず、医師の行うマッサージの反動で身体が揺れているだけでした。
その後駆けつけたレスキューの人による指揮で現場の雰囲気が一変しました。

心臓を動かす薬を投与して、マッサージを続けながら総合病院の方へ救急車で搬送することになりました。
妻の容態を全く知らないまま、義母に託し、僕は息子について行くことにしました。

それからの時間は、本当に浮遊した時間でした。
ドクターから話を聞けたのが、4、5時間後だったと思う。

まだ名前をつけていない息子でしたが、
書類では、事務的に子どもの名前を書くように促されたり、
待っている間に、へその緒だけが手元に届いたりして、
順序だてて考えることができない時間だった。

その後、心臓が少しずつ回復し、自分の力で鼓動するようになったという。
しかし、依然厳しい状態であることなど、嘘のない説明をドクターから聞くことになった。
この時、初めて妻の病名を聞いた。胎盤早期剥離。

説明の取りこぼしがないよう、僕を迎えにくる妻の両親にも、
再度話してもらえるようにドクターにお願いした。
自身が意外と冷静であったことにも驚いたが、すべてがすでにパニックであったので、備えた。

妻の元へ戻れたのが、午前2時過ぎだったと思う。

『命』というものが、どういう定義でかたちを成すものなのか…
この場では議論できませんが、
息子は数日が経った今も、意識不明の状態でいます。

妻は、手術後に驚異的な回復を見せて、今は安心できるほどの状態になり、
つい先日、退院することができました。

僕は明日から、一度、会社に復帰します。
まだ不在になることが多く、ご迷惑をおかけすると思いますが、
よろしくお願いいたします。

今後の報告もこの場でしていきたいと思っております。
息子の回復をお祈りいただければ幸いです。
しばらくの間、妻はなかなかみなさんに返答するのが難しいと思いますので、
何かありましたら、僕の方にお願いいたします。


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(続き)
20121220_人生で一番の不安と悲しみ_02
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2012年8月29日水曜日

こどもは素直にアフォードされる

子どもって、素直で面白い。

『作品に登らないでください』って立て札があるんだけども

そんなの無理だもの。

ここに作品を展示したのが、そもそも…ねぇ

しかし、作家は嬉しく思っているかもしれないねぇ(分かりかねますが)

このカタチ、この空間、登りたくなる『アフォード』ですもんね。



ほら、滑り込んでるし。

この場所は
渋谷区文化総合センター大和田
http://www.shibu-cul.jp/
プラネタリウムが入っているところなんですね。

2011年10月1日土曜日

友から友へ『歌のはなむけ』





僕のまわりでは、子を持つ友達の海外渡航が目立ちます。

3.11後に飛び立つ人、その前から予定していた人。その理由は十人十色。

しかしながら、人生を見直す、ひとつの機会であると、とらえることができるのではないでしょうか。

またひとつ、友達とその家族が飛びたつことになりました。
行き先はハワイです。

きっかけや、動機、ご縁。
そして何よりも意志が、人生を作っていくのだなぁ。と想うのです。

そんな中集まった、この送迎会で、ひとりの友人がギターをとりだしながら言ったのでした。
『歌をプレゼントしたくて』と。

想いをのせた声が、心地よいアコースティックにのってフロアに広がります。

横で二人を眺めながら、
いい鳥肌がたちました。






いいものですね。
歌って。

いいものですね。
友達って。

みなさんなら、何をプレゼントしますか?

そして、みなさんは、この機会に何を思いますか?

2011年9月18日日曜日

女の子は2文字






このところ『授かる』家庭が多いように感じます。

めでたいニュースです。
ほんとに明るくなります。
(友達にどれぐらい似てるかをチェックするのも楽しみのひとつ。7:3で父さん似!とかね…ちなみにわが家は9:1です。ニまァ〜ン)

そして、僕のまわりでは、女の子が多いと感じます。
そして、すんごく面白いのが、皆さん二文字のお名前をつける傾向があるみたいなのです。

ウイ、ユナ、シエ、スイ、リノ…
ね、すごい確率でしょ?
ちなみにウチは、あん。ひらがな。
JAPAN文化特有の『ひらがな』キャラクターでいきたく、最初の『あ』と最後の『ん』。です。
英語圏でもフランス語圏でも違和感なく呼んでもらえるようにも配慮してハイブリッドな名前にしました。(たまたまのクセに)

皆の娘っこは、漢字二文字が多いですね。どれも日本らしさが漂ういい名前だなぁと感じました。
なんとなく、世代の感覚みたいのがあるんでしょうね。すんごく面白い。

さて、皆さんならなんて名付けるのかしら。

2011年8月31日水曜日

110817_歳の差1499歳差


先日、鹿児島をドライブ中、気になる看板に目がとまりました。
【日本一の木はこちら】みたいな矢印に誘(いざな)われ、

辿り着いたのが『蒲生のクス』なのでした。

樹齢およそ1500年というから、もうちょっと想像の範疇を超えます。
超越です。すごいのは、1500年を経過して今なお生きてるってこと。

ウチの子が1歳半。成長の一年の重みを実感しているわたくしには、
なんというかただただ敬服するばかりです。
神々しくもあります。

ずっとこの場所に佇んでいるわけですから、
さぞいろんなモノを感じてきたことかと思うと、お疲れ様です。と、
声をかけたくなります。一緒に温泉にでも入りたくなります。

両手を伸ばして抱きつきたかったのですが、御神木として大事に柵で守られていたので、根っこの辺りにそっと手をあてて、心を通わせてきました。
ご利益にあやかりたいモノです。



御神木のすぐ裏には、お茶のできる離れがあります。
窓の奥、ちょうど二人の間に見えているのが【蒲生のクス

大樹を観ながらゆっくりできます。
お近くをお越しの際はぜひ。

離れでいただけるお茶のセット(もちろん有料です)

御守がついていますね。


お座敷もありまして、遊具も置いてあるので、
小さなお子様連れには、とても助かります。

神社縁の調度品など、興味深い展示品も店内で観ることができます。

2011年8月19日金曜日

ハイ、イイ絵

本日は、いい絵を紹介。
時間も場所も意気込みも全く異なる各各ですが、どれも生き生きしています。
いい絵です。

 奥冨 優くんとひろえさんの結婚式に参列。式場に飾られていた絵。
小学生になる前の作品と窺える。
まだひらがなしかかけない様子なのに、一方でこんなにも複雑怪奇な絵がかけるんですね。すばらしい。
キン肉マン、ウォーズマン、ペンタゴン、いいです。

描けそうで錚錚描けないタッチ。いい絵です。


 かごしま水族館の壁面に飾られていたお魚たちの絵。いい絵です。
たくさんの人数で描かれたようですね
よく見ると、タッチがたくさんあるのが分かります。
それでも違和感なく一体感があるのが素晴らしいです。
イキイキしてます。




一歳半の子どもが描いた絵。ちなみに、左のグルグルがママ。
それより少し小さい右のグルグルがパパ。
その上にちょこんと顔のようにのっているのがバーバだそうで、それらのまん中にあるのが自分だそうです。

すでにいろんな事を認識しているようです。いい絵です。
涙が出ちゃうよ。

どれも、大人のアタシには、描けない代物でございます。
自由に描くって大切ですね。

2011年4月11日月曜日

被災地支援プロジェクトに参加!

迷ってた。
どうしようかと。
周囲のみなさんが、できることを模索して、支援活動をしている中。

自分には何ができるのか。
…そうだ、絵本がある。
去年、ぼくらが創った絵本。

子どもを授かったことがきっかけで発案した『おむすびウメちゃん』
これなら、すぐにでも、物資として送れる。
外にも迂闊に出られない幼児たちの気持ちが少しでも晴れたらいい。

東京都やNPOに物資の受け入れについて、聞いてみた。
しかしながら、受け入れている物資が限られていた。
すでに受付をやめた団体もいる。

そんな中、いいプロジェクトに出会えた。

わたしたちBookmark Inc.としましては、
このプロジェクトに賛同したいと思います。
783冊の『変身!おむすびウメちゃん』を託します。

▼negau.orgこども支援プロジェクト
http://gift.negau.org/



受付物資は、文房具やお菓子類、本、おもちゃ等。
それを「笑顔袋」としてパッケージングし被災地のこども達に届けてしまう。
という素敵なプロジェクトです。
興味のある方はぜひ、一度チェックしてみてください。


▼このプロジェクトを発足した株式会社ワンパクさん
http://1pac.jp/

▼おむすびウメちゃん
http://twitter.com/omusubu
http://twilog.org/omusubu
絵本:http://amzn.to/hcpnbH

2011年3月10日木曜日

ゴ・イ・ン!

Yawn
Yawn / orphum


本日のテーマは『ゴイン』(ボインではありません。)
今朝は、妻の声で目が覚めた。
『電池飲んじゃったって』
 それを聞いて、ん…と、まだ立ち上がらない脳みそで、考えた。

飲みこんだ?

そうです。もうおわかりですね。ゴインは『誤飲』のことです。

1歳の子供が、義妹の補聴器用の電池を、誤って飲み込んでしまったようなのです。
すっごい小さい電池。と聞いて、それほど重たく考えていなかったのです。
きっと、出るだろうと。ウンチで…。

そう思って、のんきに歯磨きをしていたら、妻が救急に電話しているやりとりが聞こえてきました。階段をかけのぼってくる妻。ソッコーで着替えるのをみて、僕自身も同調します。
2分後には、すぐに外へ出られる状態に準備完了。

間もなく、救急隊員が到着。
いつもと変わらない子ども。
緊迫する妻。とわたし。
それ以上にそわそわした義妹。

経験値あふれるシニア隊員が状況を確認していきます。
どれぐらいのものを飲み込んだのか。
念のため、周囲に落ちていないか探してください。と
確かに呑み込んだのかどうか。
子どもの様子がおかしくなかったか。

総合して、やはり、誤飲の疑いが強いため、搬送されることに。
救急車両の中に乗り込んだ私たち3人。
心配が募る反面、子どもはケロっとしています。

しかし、数週間前に乗ったばかりのため、あの時の嫌な記憶が蘇ってきて、
脈が早くなります。
時間帯が悪いらしく、朝9時までは、深夜帯と同様に『急患』の時間に該当するため、
先生が不在である病院が多いのです。

この時、8時頃。
少し、離れた病院へと向かいます。
深夜の交通量に比べると、朝の交通量は地獄です。なにしろ、みなさん急いでいることが多いので、なかなか、気持ちよくどいてくれないようです。
それを縫うように走りますから、車両も揺れます。
その間も、若手の隊員さんが、もうすぐ着きますからね。と、
常に安心感を与えてくれます。

板橋にある日大付属病院に到着。『小児外科』で診察を受けることに。
ここでもまた、ドクターに状況を正確に伝えます。
何時に飲んだか。
朝食は食べたのか。電池を飲んだのは、その前か後か。
電池の大きさは?(ちなみに電池の大きさは直径7mm。平たいコイン状のものです)

そして、レントゲンを撮ることに。
レントゲンは、子どもにも初体験のことなので、
不安を抱いて泣いていました。小さな子どもが動かないように、
おとんの僕が重たい防護エプロン(かわいいくまのアップリケ付き)をして、
向き合うように身体をおさえます。パシャリ。

数分後にできたレントゲン写真を手に、ドクターのところへと戻ります。

それをみたドクターが、ニヤリ。
僕らの目は点になります。
やはり、飲んでいたんです。
首下からお尻までが映し出された写真の下の方に、
くっきりと白く映し出された電池。

ハッ。としたものの。すぐにドクターが答えます。
『90%以上の確率で、うんちで出ますよ』

ほんとに、全身から力が抜けた瞬間でした。
あぁ、ほんとに、良かったと。

ただし、詳しくお聞きしたところ、危ないのは危ないのです。
勉強になったところを、ご紹介しておきます。
・ごくまれに、もともと腸や胃に穴があいていたり、突起していているお子さんがいる。
そういう場合に破けてしまうことがある。
・直径7mmという大きさだから、まだそれほど大事に至らなかったが、
時計用電池などの大きいものになると、胃に穴があくケースもある。
・電池以外にも、磁石は危ない。さらに2つ以上ののみ込むと、危険である。

とのことです。

今回の機転は、インターネットでした。
電池をのみこんだケースについて、飲みこんだ直後に、妻が『念のため』調べたの良かった。『救急を呼んだ方がよい』という記事を発見して...。世の中の先輩方、貴重なデータをありがとうございます。
そして、医療関係者の方にも、この場を借りて、頭を下げたいと思います。ありがとうございました。

さて、1週間以内に、うちの子の体内にある電池は、外にでるもようです。が、
出ない場合はすぐに連絡するように言われました。
(出ても、報告するように言われました。)

当分、うんちからの発掘作業が続きそうです。







2011年3月3日木曜日

百万人に1人か 数十万人に1人か

きょ〜ぉは 楽しい〜 ひなまつり〜 ですが、
シリアスな話をひとつ。せっかくですから、子どものことについて考えてみるのもいかがでしょうか。

『百万人に1人か 数十万人に1人か』
これはただの確率の話ではない。
気にしなければ、すーっと、通り過ぎてしまう。
そして、事なきを得れば、一生疑問に思う事もないだろう。
しかし…
それでも、当事者になれば、やはりタダごとでは済まない。

これは、縁あって子を授かった人に、必ず訪れる『予防接種』の話である。

子どものことに敏感になった妻が、疑問を抱いたのをきっかけに、自分でも調べてみた。

結果として僕たちは本日予定していた、ポリオの生ワクチンの予防接種を、止めることにしました。
実費でも、不活化ワクチンを受けようと思います。

なぜか?それは、下の記事を読むと分かると思います。
分かりやすい記事があったので、2つ紹介します。

▽世田谷区で開業予定な小児科医のブログ
http://setagaya-syouni.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-90d3.html

▽ポリオワクチンでポリオになる?〈日本医師会HP〉
http://www.med.or.jp/kansen/porio.html
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さらに詳しく知りたい方はこちらを
▽ポリオの会
http://www5b.biglobe.ne.jp/~polio/vaccine.html
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区から予防接種のはがきが来たからといって、
鵜呑みにしていると、怖いこともあるかも知れませんね。
疑いの目も時には必要です。ぜひ、参考の材料にしてみてください。

2011年2月23日水曜日

万が一

Toyota Himedic - Tomica
Toyota Himedic - Tomica / emrank


嫌だ!
いう反抗的な態度さえも、嬉しく思えてくる。

昨日だって、泣いてることさえ、意思が見えて嬉しく思えたほどだ。
子どもの苦しむ姿は、本当に痛々しい。もう味わいたくない。

なんの事かと言えば、昨日の朝、具合の悪い娘を病院へ連れて行った。
連れて行ったことで、安心していた。ら、夜中に急変。

高熱が出てしまい、ひきつけを起して、びくんびくん身体が波打つ。
身体が揺れる度に漏れる声が、無機質で、感情が伝わってこない。
動転しながら、必死になるが、抱き寄せるぐらいしかできない。
泣きながら妻が救急車を呼ぶ。

来る間も白目を剥いたまま、痙攣してしまって、一向に回復しない。
これは、もしかしたら本当にヤバイかも知れないと本気で思った。

駆け付けてくれた救急隊員の対応は素晴らしかった、とにかく落ち着いていた。
受け入れ先の病院がなかなか決まらないので、少し苛つく。
受け入れを拒まれつづけたあの不穏なニュースが頭を過ぎったりする。

結果的には、誰もが経験する症状であることが分かった。
対応した先生の白衣から覗く青い機関車トーマス柄のシャツにしても、
医療関係者の精神力には頭が下がる。

それでも、万が一があったらと、iPhoneのビデオカメラで録音しておこうと手をのばしていた僕。(後で確認したが全然とれていなかったけど…)

幸い何事もなく、まだ熱は下がらないが、重たい瞼を一生懸命開けてヨレヨレしながら遊んでいる。
こういう経験を多くの親がしていることに気づき、よくやっているなぁと想う。
先輩方、すごい。
まだ体験していない親御さんに伝えられるとすれば…

• まず衣服を緩めること
• 顔を横に向けて吐物などが詰まらないようにすること
• 気を確かに持つこと

だいたい5分くらいで落ち着いてくるようだが、ウチのケースのようにそれ以上続くようであれば迷わず119を。

ひきつけを起こしていても、息はできなくなることはないとのことです。
熱も40度までは珍しいことではないようです。
41度を超えるようであれば違う病気の可能性があるので、その時も迷わず119を。

それにしても、ライフセーバーの免許でも取得すべきじゃないかと本気で考えていたら、妻も同じことを言っていた。

2011年2月22日火曜日

お名前

うちの子、女の子なのに『あんちゃん』。
友達マークの子、男の子なのに『ネイサン』。

なんのこっちゃ!

2011年2月5日土曜日

最近は めっぽう涙もろい

apple plugged in
apple plugged in / Kreative Eye - Dean McCoy


なんだ、一体。
近頃、急に、涙もろい。

あんなに、怒りっぽくて、どこか、冷めてる感があるはずのMeが。
一緒に暮らすと似てくるというアレか。

妻は映画のCMでも涙するくらいの感動屋だ。
そんなこんなで、
このところ、一息入れようと煎れたお茶があまりにも美味しくて…というだけ、
目が潤んでしまうほどだ。

重症だ。
まてよ、これは、子どもが原因かも知れない。

これを書きながら、ぴんときたので路線を変更して書きますが…
一年ほど前に、出産に立ち会った。
正直、男のでる幕じゃなさそうだという知識ゼロの勝手な判断で『妻に任せた感』でいた。のだが、連れていかれた父親学級で学習するほどに『最悪死ぬかも』(母子ともに)という、出産のイメージが180度変わった。

選択は消え『たちあう』答えしかなくなった。
産まれた時の感動は、今まで感じたことのないものだった。

無防備な無垢の子が、母の上に置かれる。
その重みと体温に触れた瞬間に妻は泣いた。
それを見たぼくも少し遅れて泣いた。

その子が、少しずつ毎日何かをおぼえる。
声を出し、反応して、寝返りして、歌い、つまづいて、よく泣いて。
全部、感動する。

この同じ気持ちを親が抱いてたことに気づき、また泣く。
理屈じゃない。

うまく言えないけど『コネクトした』感じ。
うまく言えないけど、世界の一部になった感じがした。

世界平和への一歩は、子どもを持つことかも知れないね。

PS. 先日4回目の結婚記念日を迎えました。来年は、さらに涙もろくなっていると思う…



2011年1月28日金曜日

歌のこと

HeartBroken-Tears are the Baptism of Soul
HeartBroken-Tears are the Baptism of Soul / honikum


お母さんはおばあちゃんに、
おばあちゃんはそのまたおかあさんに。

自分が子どもに、
子守り歌をうたってると、想う。

脈々と受け継がれてるんだなぁと。
その繋がりの中のひとつになったことを想うと、
不思議と涙がでてくる。んだってさ。妻談



2011年1月21日金曜日

コミュニケーションの距離

巣鴨 Sugamo
巣鴨 Sugamo / densetsunopanda


最近、やたらと【他人】と話すことが多くなった。

他人というと、疎外感があるが、いわゆる街ゆく知らない方たちのことだ。
何を話すわけでなく、また、いきなり話しかけたりする訳でもない。
もちろんナンパでもない。

理由がある。それは子どもだ。
ウチの子を見て、一番話しかけてくるのは、おばあさんだ。

この子がきっと古風な顔立ちのせいかも知れないが、ダントツに人気だ。
あれま〜なんて言って、一度通り過ぎたのに、戻ってこられることも少なくない。

さらにツワモノになると、触ろうとしてくるので、思わずひょいっと、よけてしまった事もある。(よける必要がない方が大半だけどね)
次に多いのは、同じぐらいの歳の子を持つお父さんお母さん。

目にとまるんだと思う。
総括的にいえば要するに垣根がなくなる感じだ。
これは、なんか急に地域が身近になったし、世間が接近してきた感じだ。

とにかく東京とか現代とかに思う、冷たさとか陰気さ、
他人行儀な感じとか無表情な感覚が、急にまやかしの如く、なくなる。

子どもマジック。

この小さな子がいるだけで空間のムードが変わるのね。
結構な確率で笑顔を向けてくれる。

なんだみんな我慢してたんだね。
顔の筋肉がこわ張ってるだけなんだね。と思った。

2011年1月16日日曜日

心持ち

20090501 Kanazawa 4 (Light ripple)
20090501 Kanazawa 4 (Light ripple) / BONGURI


今朝、親子学級とやらに出掛けた。
もうすぐ一歳になる娘と二人で、初めてプールに入る。

全部で15組ほどの親子がいる。そのほとんどは、すでにひとりで歩ける子供だ。
歩けないのは数人。恐る恐るも、意外と楽しめてる様子で準備体操をしていた。

が束の間、ひとりの子が泣いたら、娘の顔が歪んで、泣き始めた。
あーぁ。つられてしまったのだ。しかし、なんとか持ち堪え、プールへ。

すっかり、笑顔が戻った時、またさっきの子が泣き始めた。
結果は…またも連鎖。もう笑顔は戻らなかった。

耐えきれず、棄権した。だがしかし火種のその子はプールから上がる気配なく、泣きながらも続けている。

正直、邪魔してくれるなよ!ったく…と怒りが込み上げた。
準備万全にして、休みの貴重な時間とお金を使って来ているのに…とさえ思えてくる。

でも、深呼吸して百歩譲って考えてみた。
この母は、きっと並々ならぬ思いで、この子に向きあい、このクラスに来てるんじゃないかと。

なんか事情があるんじゃないのかと。
例えば離婚調停中で明日から子どもに逢えなくなるとかね。(←考え過ぎ)
とにかく周りなんか気にしてられない…執念みたいなこともあるのかも知れないな、と。と思うことにして割り切った。

というのは、車に乗っていると、よく思うことがある。
とにかくバイクやらチャリが『うぜえ』のだ。
でも一方で、バイクやチャリに乗ってると、車は『もっと気ぃつかえや!』と思ってる。

立ち位置や、視点の違いで、答えも相当ズレてくるんですな。と、
お互い様精神を養うことも大事なんだな と、

と大人の階段をのぼるのでありました。

2011年1月12日水曜日

選択の自由

Present from Evan!
Present from Evan! / judsond


三連休の最後の日、プレゼントを選びにいった。
もうすぐ一歳になる娘への誕生祝いだ。

しかし、行く場所でまず、つまずく。素敵なものがある場所が浮かばない。
特にこだわりがあるわけじゃないのだが。頃良いの良い所を知らないのだ。

表参道のキディランドは?あんな人混み行きたくない…と妻は言う。
まだ授乳が必要な子連れには優しくない街だ。

じゃあ、高島屋は?
車で乗り入れられ、サービスの質の高い施設が完備された
こんなにも優しい場所は他にない。

ただし、新宿は駐車場が混むのだ。子どもに待てる余裕はない。
そこで、家から近いキディランドを調べたら…あるではないか!

全国に90店舗くらいあるんですよ。さぁ、出発。
乙女ゴコロをくすぐりそうなもので溢れている。
レジには行列。並んでいるのは100%女性。

わが子はリラックマとキティちゃんにしっかり心を奪われていたのでした。
と思いきや、他のモノにも興味が移ります…もう目がランラン。

とりあえず、他も見ようと子供服売り場へ。とにかく、選ばせてあげたかったのだ。
それに、何に一番くいつくのか、興味があった。

小さな彼女のハートを射止めたモノは…
音のでるピアノ絵本でした。

4種の音に切り替えができ、20曲程の児童曲が入っている。
こんなに多機能なものが、2000円ちょいで売っている。

すごい時代だ…赤字じゃないのか…入らぬ心配はさておき、
これが、元祖電子書籍なんじゃね…そんなこともさておき、
やはり、音が好きなんだね、この子は。

NHKお母さんといっしょのパワワップ…もノリノリだもんね。
親が思いつくあげたいモノと、こどもが好きなモノには、結構差があるんだなぁと思う。そんな一日でした。

2011年1月9日日曜日

いつ産まれてもおかしくない

Baby hands
Baby hands / SanShoot


友人のもとに、今まさに産まれるかもという状況。
こっちまでハラハラ ドキドキ。

ほぼ1年前、同じ状況だったことを、しみじみと想う。
なのに、いまいちピンとこないまま、今にいたる。

男は特に実感がないのでは、なかろうかね。
奥さんのお腹が、ちょっとずつ大きくなるのをすぐ横で見ているのにね、

産まれたあとも、
感動はあるものの『きみは いったい どこから来たんだい』と、あらためて思ってしまう。
あ、そろそろだろうか。

こども用お好み

初めて食べるお好み焼きを作りました。
完全ノンオイルです。ちいっーちゃ!




こどもへの『お初』モノを与える喜びって、至福〜。

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